聖トマス・アクィナス説教「青少年の成長の模範なるキリスト」 訳:竹島幸一

 『聖カタリナ女子大学研究紀要』(1989)収録のトマス・アクィナスの「青少年の成長の模範なるキリスト」を紹介する。原文は、A.J.B.Raulxが1881年ルクセンブルグで刊行した「聖トマス・アクィナス説教集及び講話小著集(全二巻)」(Divi Thomae Auinatis Sermones et Opuscula Concionatoria, Luxemburgi,1881)第一巻418−429項に収録されているものである。解題にて訳者が述べるように「聖トマスの説教については文献学的研究も内容に関する研究もまだ極めて少ない。」(p256,解題)聖トマスは、二度のパリ大学での教授職の期間やイタリア各地の滞在中、また晩年のナポリ滞在中に、彼自身の所属する説教者兄弟会(ドミニコ会)の一員としてまた、神学教授職の三義務(講義、討論裁定、説教)の一つに基づいて、大学関係者のみならず一般信徒に対しても度々説教を行った。パリ大学在任中のこの説教はラテン語で行われたであろうが、一般信徒を対象とした説教は当時の俗語(つまりイタリア語)で行われたであろう。しかし、説教の記録(つまり写本)はそれを聴いたトマスの弟子たちによって書き残された。ただ、トマスの手によって書かれたり検閲されたものではないようであり、トマスが説教をおこなったことは事実であるにしても現在残された説教のいずれかが真にトマス自身のものであるかは確かめることは困難である。
 なお本説教をここで紹介するのは訳者が述べるように「日本における聖トマスの思想の紹介が「神学大全」やアリストテレスの諸著作の注釈を主とした理論面が多いのに対し、一般民衆に面を向けた聖トマスの像を紹介したいためである。」(p257,解題)なおトマスが晩年にナポリで行った一連の宗教講話「主の祈りの解説」「天使祝詞解説」「愛の二戒の神の十戒の解説」および幾つかの説教が竹島師によって訳されている。師が指摘するようにトマスの全体像理解のためにはこれらの説教と共に「さらに聖トマスの聖書解釈の諸著の翻訳、研究によって補全さらねばならないものである。この面は日本において残念ながらいまだ皆無の状態にある。」(p257,解題)
 なお、『中世思想原典集成 14 トマス・アクィナス』中に「聖書の勧めとその区分」「聖書の勧め」(トマスの聖書解釈)「使徒信条講話」(説教)「種々の敬虔な祈り」「兄弟ヨハネスへの学習法に関する訓戒の手紙」及び解説が竹島訳で収録されているので参照されたい。
 以前述べたようにトマス・アクィナスをはじめ中世期の神学者・哲学者として主に中世思想、哲学の方面からの研究が盛んであるが、これらの著述家を神学者、司祭(つまり、説教《御言葉への奉仕》)の側面から取り上げる研究は残念ながら非常に少ないのが現状である。トマスを大学の神学者ととるのは一面においては正しいが、そもそも彼の所属した修道会のことを考えた場合、一般への正しい神学知識の普及、そして何よりも説教により人々を回心に導くことが何よりも重要な任である。このことは当時同じくパリ大学で講義していたボナヴェントゥラの属するフランシスコ会においても変わることはないであろう。なお後の時代、つまり中世から時代の下った近世の宗教改革の時代に活動したイエズス会も貧しい人へのカテキズムつまり要理教育や学校での青少年への教育また説教や告解に際しての御言葉への奉仕が重要な役割であったことを考えるとき、諸々の神学的な著述、また哲学的な探求は何よりも具体的な必要(つまり救霊)から生まれたことが理解できる。『神学大全』中でトマスが述べるように神学は観照的な側面の強い学問であるが、その要請また原動力は地からのものである。そして神学の源泉は何よりも聖書に、つまり天にある。
 
 

我々はみな聖パウロの言うように「キリストの全き成長の量に至らんために」(エフェソ四・十三)、キリスト教的人格の成熟に努力しなければならないが、そうした成熟に対する不謬にして明白な規範として年少のキリストの成長の模範が示されている。その模範に対する聖トマスの本説教の説明は、我々のすべて、特に青少年の教育に従事する者や青少年自身にとって、貴重な指針を提供するものであろうなお訳文中の諸標題は読者の理解の便をはかって訳者が任意に付したものである。また、引用の聖書は新約聖書に関してはラゲ訳(中央出版旧約聖書に関しては光明社訳を用いた。なおこの説教は年代は不明であるが、御公現の祝日八日間中の主日(日曜日)に本文中にも明らかなように午前と午後の二回にわたって行われている。pp256-257,解題

トマス・アクィナス説教「青少年の成長の模範なるキリスト」

  • 1 イエズスの感嘆すべき四成長

 一、感嘆すべき成長
 二、イエズスの成長に関する問題と解答

  • 2 イエズスの成長の模範

 一、年齢における成長の模範
 二、恩寵における成長の模範
 三、知恵における成長の模範
 四、社会生活における成長の模範

以下本文紹介