自然科学と宗教性の形而上学 宗教哲学への知識学的序論の一章 吉満義彦

 一 問題の立場

 一九二八年アカデミー・フランセーズの会員ロベール・ド・フレールは、科学学士院会員一同に向って「宗教心と科学とに矛盾する所はないか?」と言う問題をめぐって回答を求め、之を集めて一冊の本として公刊した。*1最近この書を通読して、正直のところ我々はこの科学界の世界的な一流専門家達がこれほどの深い思想的内容と率直な人間的感情とを真剣に告白せるものにいたく感動させられたのであった。それ等の簡潔な繊細な美しい思想的告白の言葉は同時に優れた文学の如くに透明であって、我々はそこにデカルト的明瞭製の思惟とパスカル的魂の叡智とを心深く印刻されたのであった。我々の言いたいことは、そこに「科学と宗教」についての思考そのものにも、あるいはデカルト的論理に通じ、あるいはパスカル的思惟に通ずるものが見出されたという事である。自然科学の探究し発見せる宇宙実在の法則的調和秩序の背後に神の存在を見ようとする、言わばデカルト的合理性の宗教心につながるものを告白する人々あり、化学的思惟とは範疇的に異なる「心の論理」「心の世界」に宗教的倫理的問題性をおくところ自ずからパスカル的叡智につながる人々あり、そしてそこに静かな信仰の核心の論理を以って語られる言葉あり、若き日の知性の不安と誘いより成熟せる人生経験と学問的知識とに達せる感慨の述べられるあり、また例えばエミール・ピカールの如く現代理論物理学の問題にも及んで「新しき科学の哲学」を思惟しつつ全体的人間の立場より宗教性を肯定せんとする思索がなされ、テルミエーの如く科学的精神即ち真理探究の精神となし、やがて哲学を以って最高の科学なりとなし、自然現象の研究の後に形而上学的思弁に至るを恐れぬ科学者にとって、「科学はむしろ神秘の感覚」であり、宗教と科学との対立などは存し得ぬを説くもの等々―総じて「科学と宗教性との区別」を強調する人々と「科学と宗教との調和秩序」を思惟する人々とに大別され得るように思えた。また我々はかつて他の所において「カトリシスムと自然科学」を論ずる機会に、その頃読んだ現代ドイツ理論物理学界の元老マクス・ブランクの美しき論述『宗教と自然科学』にも、同じくパスカル的叡智とデカルト的理性の結びつきとも言えるものを見出したことを指摘したことであった。*2確かに現代において、少なくとも真面目に自己の専門に従事している一流科学者達においては、十九世紀における如き「科学万能主義」の精神や科学的決定唯物論の思想をもって、宗教的世界観や倫理的理念を抹殺しまた変質せしめんとする「科学独断論」の迷妄はもはや存しないこと、「科学と宗教の闘争」とか「理性と信仰の矛盾」とかは既に過去の問いとして感ぜしめられる如くでもあろうが、しかし問いの様式、意識の仕方は如何に異なろうとも、一般に「理性と信仰」の問題は深く宗教哲学的問いとして言わば永遠の問いであることを忘れてはなるまい。少なくとも我々は今ここに特別にも近代的知性の問題としての『自然科学と宗教』の問題をめぐって、まざまざと現代科学者達の肉声の如きものに接し、もはや言われるべき結論、論究されるべき問題が要点をつくされた如く感じられたとしても、我々として「科学と宗教」との区別と秩序づけに当たって、その哲学的理論的根拠づけがなお充分に検討されねばならぬことを感ぜずにはいられない。科学者の側からこれほどの答えを聞きえたことは我々にとって既に十分の激励である。我々はこの確信を更に知識学的また宗教哲学的問題性から体系的にかつ形而上学的に反省し、むしろ「宗教性の形而上学」の側より更に深く基礎づけえねばならないであろう。
 我々は先んず近代における自然科学的知識活動の言わば精神史的客観的立場を、むしろ個々の科学者の営みの立場とは別個に、近代思想の性格において限定し考察し、それが如何に近代哲学的思想と相関照応しているかを見、なぜに宗教と科学との言わば知性苦悶が近代において問題化されねばならなかったかを追求しようと思う。今や近代科学の成長は、自らが如何なる宿命の下におかれてあったかを反省すべき年代に達しているのではないのか。次にこの知的精神苦悶は近代哲学思想の内部においていかなる悲劇的自己解放の闘争努力を喚起し、必然と機械の呪縛から自由と精神とを救い出すために、まさに「宿命の神話」に身を隠さねばならぬほど追い詰められてきたかを見、しかもかかる科学的知性の専制の脅威よりの開放は、科学の創成者達直接開拓者達において如何なる自己限定の下になお健全なる知性開放の可能性を許しているか、またそこから如何なる「科学の哲学」が「自然哲学」が新しく要請され、やがて存在の認識の形而上的問題性が宗教的世界観の真理にロゴス的真理秩序を新しく得しめられるかを見極めてみるであろう。即ち近代的知性にとって人間的実存の究極的志向とロゴス的秩序問題性とは科学と哲学と宗教との三つの内面的関係を如何に要求しているか、要求せねばならぬかを規定するであろう。そして第三に近代的科学の知性宿命の行程自ずからにおいて常に要請され続けてきた、科学と精神実存性即ち倫理性宗教性の実存範疇との区別が立てられ、進んで形而上的ロゴス秩序が樹立された地点において、如何に宗教性固有の超自然的恩寵真理が、物質的自然の秩序(科学)と、人間的精神の秩序(哲学)とを無限に超えた「造られざる愛」(神の永遠愛)の秩序(神学)もおいて導き入れられるかを考察するであろう。 
 正しき存在の形而上的秩序が樹立される時、「科学と宗教」とは自ずから問題性を開放されうであろう。そしてそこに我々は前述「宗教心と科学」の質問回答集中に見出したブランリの名句「科学は被造物への努力であり、宗教は創造主への努力である」(La Science est un effort vers la Creation, et la Religion est un effort vers le Createur)を、古典的宗教形而上学の意識をもって肯くであろう。(この答えは科学の対象を既に被造物と限定している点において、科学者の答えと言うよりは宗教者の答えであることを注意しよう。)我々はかくてパスカル的叡智に属する、科学的知性と宗教的実存(「心の秩序」)との「二つの秩序」の区別の思念と、物体と理性と神愛の「三つの秩序」の無限飛躍関係の思念につながるものとなるのである。しかもなお我々はこのパスカル的叡智の真理を、この近代的預言者のまさに近代性から救い出せねばならないであろう。しからなすべて此等は如何なる事態を意味するのか。

 二 近代的科学知性の宿命

 古き「プロメテウスの火」の神話に譬えられる如く、科学的知識と技術の営みは本来神よりの離反の宿命を負うものであろうか、あるいは近くはベルグソンが『道徳と宗教の二源泉』に言う如く、宗教性またはミスティクは科学的知性またメカニクの限界においてその生命分解的危機に対する本能的反応または生命飛躍の発現なのであるか、更にまた多くの社会学者のなすごとく原始社会の神話的魔術的自然解釈は科学的認識の原初形態なのであるか、それともデュルケームの学派より出でたるエッセルチエが『自然解釈の下級形態』においてなす如く、科学的知識は神話的下級的知識形態と本質的不連続的飛躍関係において知性の超実用主義的な真理意志の表現として、一個のソクラテス的「回信」の営みとして理解されるべきであるのか。*3又エジプトやバビロン等の古代国家において、更に我々東洋において科学的技術的文明の宗教的また倫理的秩序への役割関係は如何なるものであったのか。即ち人類の科学的知識活動一般に関する此等の宗教社会学的または知識社会学的諸問題は今さし当り背景に控えておくとして、問題を近代西欧的科学の精神史的立場の客観的規定に限定して見れば、それが理論的知性認識の営みとしてギリシア哲学的自然探究に源泉を系統づけることは一応認められるであろう。そしてこのギリシア的精神の自由なる知性の自然探究は当初「もの」の究明として「哲学」そのもに他ならなかったし、また中世的神学的哲学時代を通じて自然の学は「自然の哲学」として、特にアリストテレス的自然哲学によって、形而上学的存在認識と一つの体系をなしていたのであった。そしてその事はベーコンやデカルトニュートンと言った近代科学のアリストテレス否定的新性格の自然探究も「自然哲学」として、自然の「真理の探究」(Recherche de la verite)として営まれた事に継続されているので、デカルトにおいて単に「哲学」と言えばむしろ自然哲学が考えられ今日哲学とされるものは「形而上学」または「第一哲学」として区別された事は注意されてよい。その点コントの如く科学的実証的認識に真の完き意味の哲学を認めようとする立場も、あるいは後述されるべきフランツ・ブレタノの如き「自然科学の他に真の哲学的方法なし」(vera philosophiae methaodus nulla alia nisi scientiae naturalis est)とする立場も、すべて一貫してギリシア的知性探究の理論的精神につながるもの、中世スコラ哲学も近代自然科学も、そして基督教的人間学的問題の近代的人間性自意識における思惟とも言うべき現代実在哲学の一元的支配の必然性を認めようとする者では決してないし、事実パスカルの所謂「哲学者の神」「科学者の神」とは異なった「基督教の神」の深き意識は、中世的信仰哲学を通じ、聖アウグスチヌスや聖トマスを通じ、又キェルケゴールやニューマンの如き近代的信仰哲学を通じて指摘されるものであろうが、今近代的科学と基督教的宗教真理性認識との形而上的知識関係を考察するに当たって一応かかる知性意識の関係を考えておく必要があるのである。
 かかるギリシア的知性真理の探究は既に初期の自然哲学者達において形而上的思惟となっていたのであるが、更にソクラテス的精神性の形而上学プラトンアリストテレスとなって、やがて基督教哲学として神学的ロゴスのうちに高揚形成されるに至り、超自然天啓真理に類比的な自然理性(Iumen naturale)の営みとして秩序づけられた。しかし人間理性のかかる類比的な固有真理妥当性が特にも聖トマス的思惟において樹立され、自然的人間性秩序がそれ自身として所造的な本性位置を得しめられた時に、既に中世世界においては近代ルネサンス自然主義の精神が底流に動いていたので、やがてキリスト教的中世の普遍的統一理念が公的支配を失い初めた分裂不安のうちに、宗教的精神は個的内面意識の中に救いと真理の確実性の根源を求めたに対し、世俗的精神はその世界内存的人間意識の自由開拓を反動的に志向して行った。そこに近代精神の自我意識性(Selbest-bewusstsein)と世界内存性(In-der-Welt-sein)への根本方向が、一般に知的及び社会的生の営みの種別的に近代的性格を規定している言えよう。我々はここに立ち入って近代精神の規定を致す場合ではない。ただ中世十三世紀ヨーロッパの最も健全な英雄的な精神文化の活動はまた剛健なる理性(Ratio)信頼の時代であったこと(聖フランシスの英雄的民衆使徒精神と聖トマスの強靭闊達なる神学体系精神を考えるだけで十分であろう)、経験科学(Scientia experimentalis)と言うだけならば、まさにかかる理性冒険精神がデカルト・ベーコンからヘーゲル・コントに至る近代知性意識と精神史的かつ形而上的性格を如何に異にしているか注目して、そこから受ける近代科学的知性の客観的性格を運命づけようと思うのみである。そこに関係して考察される数多くの諸状態への考慮には論述の紙面の関係上必要なる註所限定を施して能う限り簡略にせねばならない。
 いま近代科学の知識性格をその観念形態的固有性について、あるいは技術系性的関係について、あるいは技術形成的関係について、その内存敵本質構造面から問おうとしているのではない。我々は後段に「新しき自然哲学」への志向に関係hしてこの面は考察することにして、近代科学の宗教的精神倫理への関係を問うのである。
 近代科学がルネサンス的自然・世界性への志向に、世界自身(Welt in sich)への、自我・人間性への認識意欲に知識衝動に発源し(「自然への意志」)、ベーコン的な自然支配の効果的経験知識開拓の意味をもち(knowledge is power)、同時にデカルト的な合理的数学的思惟構想への究極理念を有っている事が、先んず定立されるであろう。これはそれ自身は神への宗教性への背反を何等直接に意味するものではない。ルネサンス的科学は(ダ・ヴインチーガリレオ的なデモーニッシュな自然感覚の芸術的認識正確を有っていたとしても、ベーコン的経験主義の知識志向は「人類をして紙の贈与によって彼に属するところの自然支配権を回復せしめること」でありう(Novum Organum,1,129)、「人類はその堕罪によって同時に彼の無罪の状態と萬有に対する支配権を失いはしたが、しかしこの両者は現世においてさえも一部分は回復され得る・・・・・前者を回復するものは宗教であり、後者を回復するものは技術を科学である」(同書の第二巻終結)とされる如く宗教との常識的平行支持関係においてあり、周知の如くデカルトは自らの合理的思惟の真理性保証者(garant)としての「真実を告ぐる神」(Deus verax)を呼び求め、人間知性のデミウルゴス的かつ小津の背後に神は之を見守る者とされる。しかしながら、近代的自然科学の本質的な非形而上学的精神が、近代ルネサンス自然主義人間主義―人間的自己能力の想像的意識発揮はそれ自身は反神学的ではないが、それが「神々の如くならん」とする人間神化のヒュブリスにつながる所が問題である―と相通ずる点において指摘をされねばならない。ベーコンにしてもデカルトにしても経験科学の豊かな発達への方法を開拓し刺戟した点は認めるとしても、それが結局その認識の究極的目的性格において形而上学的認識との知的遮断におからて、認識の妥当領域を経験世界に限定し実用的技術的知識の結実を専ら目指すものとなり、言わば真理の観想的上昇の道を見失はしめ、ギリシア・中世への反動的非形而上学性格を有した事は否定され得ない。ベーコンが如何にギリシア哲学を饒舌な言語の智慧となし生産不能の成果不毛のものとなして、科学の真正な目的を技術的実用的発見成果においているか、又デカルトが『哲学原理』の仏訳自序に的確に語る如く、学の体系を樹木に譬えて形而上学デカルト的意味の)を根とし、医学(Medecine)と機械工学(Mecanique)を果実とする―何れも実用的科学知においているかを考えるとよい。他の面から言ってデカルト的Cogitoの形而上学は哲学の先験論的専制を近代的観念論支配を決定した点が別に取り上げられねばならないが、そして自然学者デカルト形而上学デカルトとの関係がデカルト研究者の間に常に問題化されるのであるが、何れにしてもベーコン・デカルト的学認識の道が十八世紀的啓蒙主義適合理論や人間機械論的唯物論として展開され、特に十九世紀的科学主義時代に導き、オーギュスト・コントの実証科学主義に至って代表的な組織体系を取り、神学的思惟や古典的形而上学的思惟を科学的実証性真意超克解消せしめるものとなった過程を見逃してはならない。我々はここに個々の科学者の思想について言っているのではないことは上来繰り返し言った如くである。また仔細に立入って近代科学と唯物論自然主義イデオロギーとの関係を論ずる場所でもないが、ただコント自らの言葉をここに一つだけ引用しておこう。「かくて形而上学的精神は・・・・・・今まで援助してきたところの科学的発達を抑圧することになった。しかるにこの抑圧は実証的精神をして・・・・・・形而上学的精神に対してついに抗争せしめる縁となった。・・・・・・これ実証哲学の最初の組織的成立が、かの記念すべき変革以上に、すなわち本体論的思惟全体が全西欧において、偉大なる二個の知的衝動、即ちケブレル及びガリレオから発出した科学的衝動とベーコン及びデカルトに由来する哲学的衝動との自成的協力の下に、敗北し始めたところの、記念すべき変革以上に遡り得ない所以である。」確かに科学方法としては特に後段考察さるる如く、その自己限定的立場において正しく評価されるべき例えばニュートンの"regulae philosophandi"に、あるいはクロード・ベルナールの『実験医学入門』の秀でた科学方法論に的確に表現されてある如き、「実験性」または実証性と「合理性」または論理性の科学思惟も、其等が特にベーコンやデカルトの思惟宿命におけるratioやexperimentumを以って学的知性的認識の形而上学的精神と言って、コントの如く神学的精神より科学的実証精神への過程と言う意味にではなく、また神学的精神と言っても神話的認識形態や社会形態に関係せしめて言うのではない。ここに形而上学的精神とは第一原因(Prima Causa)に、第一真理(Prima Veritas)の精神を意味するのである。近代的思惟または理性理念については、更に近代哲学と近代科学的知性と照応するものを考察する際に論ずることとしよう。我々の指摘しようとする近代科学知性の宿命は更におし進められねばならない。それは十九世紀的唯物論やコント的実証主義精神においては、近代科学的精神のもたらしたものは未だに言わば「知性の改造」と言うか「哲学の転倒」に過ぎなかったものが、総じて二十世紀的文明意識においては、近代的科学の結実としての技術的機械的生条件規定から、あまねく技術主義的な生活感覚的唯物主義がむしろ不知不識に人間的生そのものを窒息せしめるに至った点である。物理学や生物学の知識的展開は、文明の構造を変革せしめ、かくてデカルトが学の結実として目指したMecaniqueとMedecineは帰するところ生の機械主義、技術文明の全体的生環境が所謂「魂なき世界」(Le monde sans ame)として、ただに生の形而上学知的不可能のみにとどまらぬ生の形而上的感覚の不能をもたらした地点において、ベルグソンの如き形而上学志向者はメカニクの限界から生自らの呼び起こすミスティクを指摘し、ヴァレリーの如き審美的知性主義は、自らの知性所産としての機械文明を自らの所産として意識することによって之を自意識的に統御することをもって「知性の自主性」把持しようとし、やがて機械の神話と知性の自意識のミスティクを構想する。二十世紀的哲学が総じて生の形而上学的志向の性格を取っていることはかかる近代科学的知性方向への生命と精神自らの反動であると言えよう。しかも二十世紀的生存の闘争においては、一方において生命の機械的抽象知性的把持の生命分解性に対する生の自然的「血と地」の母胎への帰還の神話的衝動が、他方においては高度の機械化敵技術的知性の動員と生合理化が、真のロゴス的形而上学的知性秩序を失った近代的科学致死絵の職名を指示している。近代科学者ではなく、近代科学知性は、世界と理性を発見して神と魂をとを喪失した、否かかる形而上的世界へのプラトンの所謂「魂の眼」を喪失した。近代科学と宗教性は真正の形而上学を媒介として如何に調停されるべきかを考察する前に、我々は近代哲学と近代科学との相通性格を指摘しておかねばならない。
 
 三 近代哲学と近代科学の知的相通性格

 近代科学の知性性格が本質的に非形而上学的なるものは後に考察されるであろう如き「自然哲学」の樹立に当たっては本質的問題であるとしても、自然科学としてはその知識の内在的構造に取って本質的なわけではなく、その知識学的な目的体系的な言わば理念形態的性格に他ならない。が、しかし科学と宗教性真理との関係が問われるべく、そこにこの非形而上学的と言うべき正確はあらためて問題化されねばならないであろう。否な正しく言えば非形而上学的と言う事は哲学としての自然科学に対して言われるものに他ならない。また実際すでに指摘された如く、自然科学は近代初期においては「哲学」として営まれたのであった。がしかしここにはこの「科学」なる哲学ではなく「形而上学」なる哲学の、つまり形而上学化されたところの近代科学の精神が問題であり、換言すれば近代的形而上学の非形而上学性格が問題化されるのである。そしてそこに近代科学に相即する近代の理性(人間精神)観(De anima)世界(存在)観(Ontologia)が規定されるのであり、またこの非形而上学形而上学と言う逆説的事態が如何なる悲劇的運命を担っていうかも予め知られるのである。直ちに簡略に前節の場合の如く大筋を取り上げることにしよう。
 近代哲学精神はデカルト・ベーコン的源泉からカントに注ぎ、カント的問題性はヘーゲル的体系化を得て、二十世紀的近代限界性においてベルグソンハイデッガー的問題性に指摘され得ようか。ベーコン・デカルト的テウ学の近代科学基礎付けについては既に語った。ベーコンは別として、デカルトは既に正しく近代形而上学の決定者であった。がしかし彼のCogitoの形而上学がそこに言わば古典的本体論的思惟の道において、とに角形而上学的実在真理を理性的に新しく樹立したと考えた限りにおいては、"Meditationes metaphysicae"に知らるる如く彼は近代科学に相即する哲学者であるよりは、その志向の通り基督教的形而上学の興新者であるとも言えよう。しかしこの「形而上学デカルト」は覆面のデカルトで、「科学者デカルト」「ストア的倫理家デカルト」が真相であるか否かは別問題として、とに角デカルトのCogitoの認識論がカント・ヘーゲル的近代形而上学に展開された事、しかもこのCogitoの主体なるratioが古典的なアリストテレス・トマス的な形而上学類比性思惟の理性ではなく、一切を一義的に科学的幾何学的思惟に規制する一義的合理主義の理性であった事が問題なのである。しかしカントに至って理論理性は明確に可能的駅嫌悪範囲内に限定され、ベーコン的思惟の厳密結晶化たるニュートン的自然科学思惟(実験理論的理性)のデカルト的思惟による先験的演繹的基礎づけをもって形而上学となした所に、近代的科学知性の世界内性(経験性)と合理性の非形而上学的思惟をそのままに形而上学化する、つまり「近代科学の形而上学」が見られるわけである。その意味においてカントの形而上学を世界-内-存在的有限性人間の形而上学的立場に解釈するハイデッガー説はこの限り妥当する。カントが実践理性の秩序において倫理性形而上学をもって古典的実在形而上学につながらんとする面は別に意味づける事として、その理性認識の性格が実在本質に開かれた形而上的類比性思惟でなく数学的自然科学的合理性の一義的思惟の自己演繹であった事、この所謂コペルニクス的転回なる(先天的)認識主観中心主義は、倫理性の自律的人間主義のうちに、また『単なる理性の限界内における宗教』の倫理合理主義的神学のうちにも示現されているとは言えないか。
 カントによって純粋理性的に遮断された形而上学への道はヘーゲルによって開かれたのであろうか。否な。ヘーゲルにおいてカント的非形而上学世界像は、即ちその人間意識中心的世界内在的理性性格は、むしろコペルニクス的転化がカントにおいては未だに不可知論的に意識の彼方に定立されたものをも意識概念に解消せしめた程に、絶対精神の世界同一化として徹底遂行されたのに他ならなかった。ヘーゲル自ら言う如く、彼の哲学は所謂デカルト的Cogitoの遂行に他ならなかったのである。ただデカルトにおいては"Meditationes"第三にある如く光溢れるる神が讃美されたのであるが、ヘーゲルにおいて神は世界精神のうちに絶対理念のうちに自意識として同一化され、言わば理念的極限観念てぃての神の自己啓示が概念されるのである。この意味においてヘーゲルは聖トマスが中世的神中心的形而上学を最典型的に表現せるに対して、近代的世界性人間中心的自意識形而上学の最典型的表現であるとされ得よう。実際ヘーゲル哲学はフォイエルバッハの端的に指摘せる如く中世的神学の世俗的人間主義化に他ならないので、その限り彼の絶対観念論体系がマルクス唯物論無神論に置き換えられても論理的に仕方はなかったのである。同様なことはデカルト的Cogitoにつながるスピノザ的神即ち自然(Deus sive natura)の汎神論がヘーゲル的発展神の静的表現として、同じく無神論的世界観に解釈されても仕方はなかったことにも知られる。またヘーゲル的観念化的神解消(波多野博士がヘーゲル宗教哲学を偽人的思惟となしていられることは正当であると言わねばならない)は、永劫回帰的悲劇的な世界宿命永遠化のニィチェ的世界像にパトス的表現を取り、端的にここでは「神は死せり」(Gott ist tot)と宣言されて、人間が神にならねばならなかったのである。かくてヘーゲル哲学はベーコン・デカルト的近代科学的知性のコント的実証主義に表現されたものに形而上学的理念的対応をなすものとなし得よう。ここにおいても神と世界(所造)との類比存在的実在形而上学思惟が見失われた意義的根本合理主義思惟が、今度は一元論的に絶対化され(デカルト・カント的二元論に対するスピノザヘーゲル的一元論)「矛盾の同一化」と言う矛盾を敢えてせる非形而上学的近代知性を証示しているのである。
 このヘーゲル的世界性人間衷心的理念形而上学は今も言った如くニィチェ的な悲劇的宿命肯定のパトスに通ずるものとされるが、これが二十世紀的精神状況において、先に生の機械論的技術主義化的堕落となり「機械の神話」を生んだと言った所に照応して、悲劇的実存の世界内存性形而上学に合理化されたとしても至って当然であったと言わねばならまい。ハイデッガーの有限存在性の「死への先行的決意」の現象学形而上学もまた、実際デカルト・カント・ヘーゲル的哲学の別途なる遂行に他ならないので、『存在と時間』の初めの方に自ら考察する如く、ハイデッガー的思惟はデカルトCogitoの新しき思惟表現になるんどえあり、また同じ著者の終わりの方に表明せる如く、ハイデッガーヘーゲル的な「歴史における理性」の思惟を時間存在的歴史哲学として営んでいるのである。ただハイデッガーにおいては実存の感覚(Befindliechkeit)がCogitatioやVernunftの意識に代わって来ているのである(理性への絶望)。デカルトヘーゲルまたはニィチェにまでも未だに相続されていた中世的形而上学精神性の遺産(超越者の少なく共理念的志向)は、時間的世界性配慮に自覚的に使い果され、人間は「不安」を日々の糧として時間性宿命に絶望的に自らを投げ入れるものとなったのである。そして一切がそこから出でそこに帰するものとしての有りて有る「神」はまさに「無」(Nichts)なる概念遺置き換えられたのである。しかれば正しくハイデッガーてき悲劇的実存の形而上学において、最も端的に存在類比性の形而上学が救済的原理として、之に対比されねばならないのである。しかもこれはこれは神の置換なる限りにおいて、一個の「神話」(Mythos)的性格を担うもの、死を中核とする生の自意識の神化に他ならないであろう。リルケ的悲劇の本質がハイデッガー形而上学に何か通ずるものがあっても、それは総じて近代的知性につながる絶望の神話として肯けるであろう。しかもこの機械的技術的生の分解的性格を見極めて、なおこれを踏み台にして「開かれた世界」への生の飛躍進展を志向する、秀でて二十世紀的なるベルグソン形而上学も、その志向においてあるものを真実ロゴス的に復権するためには、彼が理性的思惟を一義的に近代科学的合理性のものと限定して、(ここにおいては更にカント・ヘーゲル的精神性の超越的思惟をも欠如せる)生物学的思惟性格をもってせるその反理性主義的の立場を一度限り、古典的形而上学知性によって超克せねばならないであろう。

*1:Le Sentiment religieux et la Science-Enquete aupres des Membres de L'Academie des Sciences, par Robert de Flers de L'Academie Francaise, Paris 1928.

*2:拙稿「カトリシズムと自然科学(「科学ペン」昭和一六年四月特別号所載)参照。プランクの論述はMax Planck, Religion und Naturwissenschaft, Leipzig 1938.

*3:Daniel Essertier, Formes inferieures de l'explication, Paris 1927.