村上龍

id:antonianさんが、『半島を出よ』を紹介してたのでなんとなく。
春樹と何度間違ったことか、小説好きに失笑を招くのは承知だけど、わたし村上春樹の小説とか読んだことない。小説を買うお金あれば岩波文庫買っちゃってるし。
村上龍はたまたま中学生の頃に父親の書斎にあった文言春秋に掲載されてた『希望の国エクソダス』を読んだぐらいかな。同じ号に北朝鮮のミサイルが三陸沖に落っこちた件について記事が載っていたのも覚えてる。

希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)

これを読んだのがたぶん中三ぐらいの頃かな、父親と延々喧嘩をしていた頃でもあるけど、『希望の国エクソダス』もアジア通貨危機をネタに経済が落ち込んだ日本を舞台に以下ryaなんだけども、その当時政治、経済に興味があって日曜の討論番組やら新聞から流れる漫然とした不安と合わさって『希望の国エクソダス』を結構熱心に読んでかってに危機感を抱いていたわけだけど、今さらながらブログでweb2.0とあわせてネタにしていた人がいたし文庫買って読み直したんだけど、つまんなかった。
というのもわたしの危機感の対象が政治やら経済やらそんな瑣末で表象的でつまらないものではなくてもっと本質的で深いところに移ったのも理由なのかもしれない。
村上龍の小説にリアリティを持たせている唯一の担保ってマスなメディアによって醸された経済的、政治的な不安であって景気循環がどんな振れ幅であれあり、隣国との関係はどんな地域であれ何らかの緊張を孕むものである以上彼の小説はこりもせず定期的に生み出されるのではなかろうか。ある意味、無意味であるけど大衆小説(あくまで下劣な)という点では良いのかな。でもこんなもん読んで喜んでるのは中学生あたりまでにしとくべきでしょう。正直読後に残るのは危機感と言う名の焦燥感だけであって現実に何が問題であり、それをどのように解決するのかという知恵など与えようもないわけで、ただあまり賢くもない人たちが漫然と抱いていた不安を作者に形にしてもらい、それが自分を含めた読者に受容されることで連帯感を生み出す。
村上龍の書いた物は小説ではなくてその辺のビジネス誌の載せる頭の悪い未来予想にすぎない。
こんなものにいくらかでも共感を抱いていた中学生のわたしは反省すべきだということ。
と言うか、いわゆるビジネス誌やら書籍ってどうしてこうも頭の悪いのが多いのか、うんざりする。日経に目を通したりして頭のあまりよろしくない人とも意思疎通できるように準備はしてる。文学とか音楽とかハイソな趣味はわたしも育ちが悪いから持ち合わせてない、でも最悪でも哲学であるとか法学とかの基礎になってる教養ぐらいは身につけろよと、思うのですが。
めんどくさいほんとに、逆に哲学や文学に耽溺してるやつは全く使えない連中だし、お願いだからバランスをとってください。大学の本旨は近代人の養成でしょうに・・・。