吉満義彦『哲学者の神』吉満義彦 みすず書房 1947年

はしがき
『信仰の遺産』『中世哲学思想史研究』『カトリックの信仰』などをのこして逝った岩下壮一師の学問的意図は、カトリシズムをしてわが日本の思想界に市民権をえさせることにあった。岩下師の愛弟子として、学問的にもその遺志をつぎ、更にフランスに渡って、新スコラ学の世界的権威たるジャック・マリタンに直接師事した故吉満義彦君は、スコラ学をして一人前の市民権を、わが国の思想界でみとめさせる推進力となった。
 大戦後カトリシズムが、色々な意味から識者の注目をひき、これから折角えた市民権を最大限に活用してもらえる第一人物でった吉満君をうしなった同志や知友の愛惜の情は、『カトリック思想』の追悼号(21年9月)に十分に吐露されている。
 体力に殆んど反比例した筆力のいかに旺盛であったかは、同号巻末に乗せられた著作目録によっても明らかである。義光君のものは既に単行本として『カトリシスム・トーマス・ニューマン』『文化倫理の根本問題』『文学と倫理』『詩と愛と実存』があり、また訳本としても、カール・アダム『カトリスムの本質』マリタン『形而上学序論』『宗教と文化』が出されている、その風格ある文体と、それを肉づけている「知性と信仰の人」吉満の独特の人間性とは、早くから真理を探究する真摯な学徒から、愛読以上の情熱が傾けられ、彼の作品を「とりて読んだ」ことが直接にカトリシズムへの回心の動機となったものは、これも惜しまれつつ夭折した日本のジャック・リヴィエール、四季同人辻野久憲君を始め少なからざる数にのぼっている。それほど彼の作品は、専門的な難解な哲学論文でさえ、直接に彼の体温をつたえる力強さと魅力とをそなえた生きものである。
 吉満君亡きいま、実に誠心とユーモアとに富んだ明朗な彼の人物に直接接する機会もないものにとって、彼の遺品は一つ一つが彼の風貌をつたえ又どの短編も後進へのゆきとどいた遺言でないものはない。幸いにみすず書房で、同君の著作集出版を引受けてくれ、渡邊秀君、増田良二君が故人の実弟義敏氏と協力して、散失しがちな諸雑誌にのせられた論稿を丹念に集録して、この一巻が公刊される運びになった。これにつづいて同書房から、一層学術的な哲学・宗教論集が引き続き出版されるはずである。法学博士松田二郎氏もこれらの論考保存に大いに尽力された。同書房始め上記の諸氏に、ここに改めて深謝の意を表したい。これも故吉満義彦君を年と共にしたう友だちの、やみがたき追憶の念の一結晶にほかんらない。
 本書は吉満君の人間味をつたえるに好箇の集録であるが、同君の学界への貢献は、むしろ続編によって知られるべきものであり、読者諸賢が、上記諸著と共に、やがて本書につづくべき著作集をも味読されんことを、願ってやまない。ロゴスのエトスに対する優位を唱えつづけた故人は、結局は人間が何をなすか、よりも人間はなんであり又何であらねばならぬかの探究に重点をおいたのであり、これも学術論集において、故人の真意は全うせられるからである。
 四十歳までは真理探究の使徒を以って自ら任じ、四十歳を一期として、それからは真理をひとに伝える使徒たらんと自らも誓った故人は、不幸にして病床より再び起つことはできなかったが、この著作集こそ、故人の遺児として、いな故人当人にかわって、この使命を達成してくれるであろう。

  小林珍雄